古糊の水換え2025 ~表具作業に欠かせない古糊とはどんなもの?どうやって作る?~
今年も古糊の水を換える季節がやってきました。
私たち表具師が文化財の修復を手掛けたり、掛軸の仕立てをする際に、「古糊(ふるのり)」という糊を使用することがあります。
これは、正麩糊(しょうふのり)と呼ばれる、小麦粉由来のでんぷん糊を数年以上に渡って熟成させたもので、
その過程で、糊としての接着力が弱まり、引っ張り・突っ張りが少なく、柔らかくしなやかに仕上げることができる、特殊な糊です。
掛軸や巻子などは巻いて保存するため、この古糊を使うことで、より長期間の使用に耐える効果が期待できます。
また、仕立て直しや修復の際には、接着力が弱いことで、既存の裏打ち紙を綺麗に剥がすことができ、
作業の際の本紙(作品)へのダメージを最小限に抑えることができます。
古糊は、毎年大寒の時期に作られてきたことから「寒糊(かんのり)」とも呼ばれます。
私が所属する有志の表具師団体「表粋会」では2年に1度、糊炊きと呼ばれる作業をして、古糊作りに取り組んでいます。
古糊の製造工程は次の通りです。(表具師によって方法は若干異なります。)
・糊炊きで作った糊を甕に納める。
・甕の表面に水を張って蓋を閉じ、目張りをする。
・床下などの冷暗所で保管。
・年に一度、大寒の時期に、蓋を開け、表面のカビを取り去り、水を換える。
・再び冷暗所で保管。
・これを数年~10年以上に渡り繰り返す。
こうして古糊は完成します。
もちろん市販などされておらず、表具師自らが作る以外、手に入れる方法は無いと言って良いと思います。
また、先述の通り、製造方法は表具師・表具店によって異なり、同じ表具師が作っていても年によって仕上がりが微妙に異なり、
一つとして同じものは作れない、といった感じです。
当店では、2018年、先述の表粋会への入会と共に古糊を作り始めました。
その2018年モノの古糊は順調に熟成を重ねており、もうそろそろ実戦投入できそうな生育具合です。
ただ、その後の2020年に炊いた糊は、翌年の水換えの段階で腐っているような状態となり、
いったんそのまま寝かせたものの、さらに翌年の水換えの時には完全に腐ってしまっていました。
その次に、2022年に炊いた糊。2020年の反省(?)を活かして、湿式・乾式の2つのやり方で保存をしてみました。
※乾式とは、甕に水を張る替わりに綺麗な手拭いで封をして甕で保存する方法です。
ですが、、2023年に甕を開けてみると、湿式の方は腐敗。
乾式の方も、ほぼほぼ腐敗??という状態でした。一応、乾式の方は再度綺麗な手拭いで封をして1年寝かせましたが、
2024年も状況は改善せず。。ですが、実験的な興味もあり、とりあえずもう1年寝かせることにしました。
そして、2024年に新たに糊炊きで作った糊。1年間できちんと育っていることを願ってます!
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というわけで、今回2025年の古糊水換えは、
「2018年モノ=順調に熟成中」「2022年モノ=瀕死」「2024年モノ=新入り」の3甕でお届けいたします。
過去の投稿は下記よりご覧ください。
2018、2019、2020、2021、2022、2023、2024

まずは、安定の「2018年モノ」から。

今年も順調な成長を遂げていることを願って蓋を開けます。

ここ数年と同じ感じ。表面に張った水に浮く感じで白いカビが出来ています。
ほとんど臭いはしませんが、ほんのりと乳酸飲料とかヨーグルトのような香りがあります。
水に浮いたカビを甕から流します。デロンって感じで。

カビを捨てて、ヌルヌルした部分も捨てて、甕の中を綺麗にしたらこんな感じ。

とても綺麗です。量としては最初に炊いたときの半分よりちょっと少ないくらいでしょうか。まだまだ結構残っているなって感じです。
今回は、いつもは捨てていたヌルヌルした部分を採っておき、接着力の実験をしようと思います。

実験はまた後ほど。
それでは続いて、瀕死の「2022年モノ」。

御開帳します。

綺麗だった手拭いにカビが生えています。特に臭いはしません。
手拭いを取ります。

手拭いにねっとりと付着しているものも、甕の底に残っているものも、
どちらもドロドロで、とても糊として使えそうにありません。。


残念ながら「2022年モノ」プロジェクトは今回で終了とします。
続きまして、新入りの「2024年モノ」です。
ですが、、この時点で、わたし、すごくいやーな予感がしています。
なぜなら、最初に甕を3つ部屋に並べた時点で、銀杏を潰したような臭いにおいが漂っていたんです。
そして、「2018年モノ」「2022年モノ」の甕をあけても、どちらもその臭いはしませんでした。
ということは、この臭いの元は、どう考えてもこの「2024年モノ」です。。
過去の経験では、嫌な臭いがする時は、カビが生えておらず、糊全体が腐っていました。。
とにもかくにも開封します。


くさっ!!やっぱり、全然カビがありません。
ちょっと傾けてみると。

・・・。
だめです。完全に腐っている感じです。
「2020年モノ」「2022年モノ」と同様、わずか1年でダメになってしまいました。
順調に熟成している「2018年モノ」と何が違ってダメになってしまっているのか、全くわかりません。
使っている甕も、入れている水も、保管場所も全部同じです。
となると、糊炊きをして、糊が出来た時点でダメになる糊だったのかも、とも思いますが、
一緒に糊炊きをして糊を持ち帰った他の表粋会員の下では、順調に熟成している糊もあるようです。
(糊炊き作業中の会話で飛び交う微小な唾液の飛沫や、皮膚の常在菌が混入し悪さをするのでは、という話もありますが果たして。。)
正直、工夫や努力でどうにかなるものでもなく、今のところ完全に運の世界です。
また来年は糊炊きがありますので、それまでに立てられそうな対策があれば講じようと思います。
とにかく今年は、無事に成長を続ける「2018年モノ」に封をして、また1年後の再会を待ちます。

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さて、先述の「2018年モノ」接着力実験です。

適量の水を加えて、溶いていきます。
裏打ち紙に糊をつけて、紙に重ね、刷毛でなぜて。打ち刷毛で叩きます。

新糊と違い、古糊はやはり接着力が弱そうですので、念入りに叩いて紙の繊維同士が絡まるように。
敷き干しして乾かします。

乾いた状態。

紙と紙がしっかり接着できています!心なしか、新糊を使った時よりも柔らかく感じます。
作製してから7年経ってもしっかり糊としての機能が残っていることが確認できました!
最初は偶然だったのかもしれませんが、こうして古糊を生み出した先人の表具師は本当に偉大です。
また来年の糊炊き・古糊の水換えの報告をお楽しみに。最後までお読みいただき、ありがとうございました。


